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徳島地方裁判所 昭和29年(行)7号 判決

原告 妹尾市太郎

被告 川島税務署長

訴訟代理人 大西秀夫 外三名

主文

原告の請求を棄却する。訟訴費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が原告に対し、昭和二十八年四月三十日付を以てなした昭和二十六年分所得額百九十八万七千八百円とする更正のうち、所得額二十七万四千四百六十円を超える部分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因として左の如く述べた。

原告は肩書地で農業及び砂糖精製業を営んでいるが、昭和二十六年分所得額を十三万七千八百円と確定申告した(山林所得は確定申告をしなかつた。)ところ、被告から昭和二十八年五月五日頃、同年四月三十日付書面で被告において、所得額百九十八万七千八百円、税額八十六万千五百六十円と更正した旨の通知を受けたので、法定期間内である同年六月七日被告に対し、再調査請求をした。

被告は右請求を受けた日より三ケ月以内に才決しなかつたので右再調査請求は所得税法第四十九条第四項第二号により同年九月七日から高松国税局長に対する審査請求とみなされ、高松国税局長は被告更正決定額を妥当として原告の請求を棄却する決定をなし、原告は昭和二十九年三月二十二日頃右決定通知書を受けとつた。

被告が右更正をなしたのは、原告が当該年度中に、徳島県三好郡三野町大刀野字城谷山所在山林の松立木(以下「本件山林」という。)を多田市郎に売却した山林所得を算入したことによるが、本件山林所得は、九十一万四千七百五十円にすぎず、地に事業所得中の損失として砂糖貸倒金七十七万八千九十円があり、これを差引くと総所得額は二十七万四千四百六十円である。よつて右金額を超える部分は違法であるから、その取消を求めるため本訴に及んだ。なお被告主張に対し、左の如く述べた。

(一)  事業所得

農業及び砂糖精製による所得は十三万七千八百円であるところ、昭和二十六年四月二十五日沢秀孝に、白下糖一万千三百斤余価額七十七万八千九十円を売買名下に詐取され、同人は、昭和二十六年十月十四日詐欺罪で起訴せられた後昭和二十七年三月頃に至り保釈中に逃亡し爾後所在不明となつたので、右代金債権は取立不能となりその頃右債権を放棄した。従つて昭和二十六年分事業所得は六十四万二百九十円の損失となる。確定申告に当り右損失を計上しなかつた理由は、沢が、起訴せられた当時ミシン販売業を営み、充分債務弁済の資力を有したので、債権を放棄していなかつたためである。

(二)  山林所得

(1)  収入

本件山林売却代金は二百二十万円で被告主張のとおりである。

(2)  必要経費

本件山林買入代金二十五万円、買入調査費用五千円、買入に要した訴訟費用二万円、買入手数料七千五百円、管理報酬一万円を要したこと被告主張のとおりである。売却手数料として、大野正一に対し、売却代金の三分の六万六千円を支払つたほか、買入、管理、売却等の雑費として一万二千円を要した。以上の経費合計は三十七万五百円である。

(3)  実際の所得額

原告は、昭和二十三年六月頃、本件山林を河野政吉より買入れるに当り、竹原良子との間に各自買入代金の半額宛出資をなし、本件山林の経営と機を見て転売利潤を得る共同事業を営む旨の組合契約を、仮りにさうでないとしても営業者を原告として、出資者を原告及び竹原良子とする匿名組合契約を締結も、右契約に従い竹原は十三万円を出資し、原告は十五万二千円を出資しているから本件山林所得は、同人と折半され九十一万四千七百五十円にすぎない。

竹原良子は原告の子であるが、同人は夫と共に尼崎市で米麦、薪炭、酒類等の販売をしていたので、昭和十九年頃鴨島町に疎開当時相当の現金を持つていた。竹原は未復員軍人留守宅渡金を受領しているが、これは法規に従い、当然受領し得る権利に基き受領しているにすぎず、生活保護法による生活扶助を受けているものではないのみならず、右金員で生計一を維持しているものではない。

(三)  総所得額、

山林所得額九十一万四千七百五十円より事業所得損失額六十四万二百九十円を差引いた二十七方四千四百六十円である。

被告指定代理人等は、主文同旨の判決を求め、答弁として原告が農業及び砂糖精製業を営み、昭和二十六年分所得を十三万七千八百円と確定申告をしたので、被告はこれに対し、主張の如く原告の確定申告しなかつた山林所得を認定して所得額を百九十八万七千八百円と更正をなしその通知をしたこと、原告が主張の如く被告に対し再調査請求をなし、主張の如き経緯により右請求が高松国税局長に対する審査請求とみなされ、それが棄却されたことは認めるが、被告のなした更正は、次の如き所得額推算方法によるもので適法である。

(一)  事業所得

原告の確走申告した十三万七千八百円である原告は砂糖貸倒金七十七万八千九十円を主張しているが、これは次の点におい失当である。

(1)  原告は、更正決定に対する再調査請求、審査請求の際事業上の損失として砂糖貸倒金の存在を主張しなかつた点及び確定申告に対する損失更正の為には、所得税法第二十七条第六項所定の更正請求手続を経由するを要するのに、原告が右手続をふまずに、突如本訴において砂糖貸倒金の存在を主張して確定申告額の損失額更正を求める点において、この部分につき行政上の救済手続を経ていないから、右主張は不適法であり、本訴で争うことを許されるものではないまた確定申告に際し意思表示の要素に重大な錯誤もなかつたのであるか心、確定申告の無効を主張し得ず確定申告額は不動のものである。

(2)  所得税法第十条の規定により所得金額を算定するにつき計上し得る損失額は権利確定主義の下における債権発生主義により当該年内に損失として確定したものに限られ、貸倒債権を損失として計上するためにはその債権の取立不能又は放棄の事実が当該年中に確定することを要するというべきである。然るに原告の自認する如く、取立不能債権放棄の事実が確定したのは沢が保釈中逃亡した昭和二十七年三月中旬であり、沢が起訴せられた日ではないから、原告主張は失当である。

(3)  原告と沢との間には砂糖売買契約は成立していないから貸倒金としては必要経費に計上することは出来ないし、かかる損失を損益計算上損金とするにあたつては製造原価で評価算定すべきであるのに、原告主張額は小売価額を上廻る評価額であるから失当である

(二)  山林所得

(1)  収入 本件山林を多田市郎に売却した代金は二百二十万円である

(2)  必要経費

(イ)  買入代金 原告が本件山林買入代金として河野政吉に支払つた金額は二十五万円である

(ロ)  買入調査費 用本件山林買入のため山内善平をして樹種樹令材積等につき調査させたことに要した費用は五千円である。

(ハ)  買入に要した訴訟費用 買入に関し粉争を生じ訴訟となつたがその費用として二万円を要した。

(ニ)  買入手数料 当該年度中に実際支払われた事実はないが通常仲介人野木秀一に支払われるべき手数料は買入代金二十五万円の三分相当類の七千五百円である

(ホ)  山林管理報酬 買入時より売却時迄本件山林の管理を三宅鹿蔵に委任してありその報酬として一万円を要した。

(ヘ)  山林売却手数料 仲買入大野正一に対する売却手数料として売却価額二百二十万円の二分相当額の四万四千を要した。

(ト)  雑費 買入、管理、売却に要したその他一切の雑費(内訳不明)は、一万三千五百円である。

以上必要経費合計額は三十五万円である。

(3)  山林所得額

収入金額二百二十万円より必要費三十五万円を差引いた百八十五万円である。原告が竹原と組合若しくは匿名組合契約を締結していたとの事実は否認する。すなわち、昭和二十三年六月十二日付富永丑蔵より本件山林を原告が買入れる際作成した立木売渡証によれば買受入は原告単独であり、本件山林買入に関し、旧所有者富永丑蔵及び河野勝行と原告間で訴訟なし、昭和二十四年十二月五日示談解決したが、その訴訟当事者は原告単独である。また、竹原良子は原告二女で兵庫県尼崎市抗瀬竹原忠夫に嫁し、夫忠夫は主食配給営団に勤務し、月額約二百円の給料を受けていたが、昭和十九年十月応召し良子は子供四人を件い麻植郡鴨島町牛島に引揚げ、原告住所地近くの牛島消防団事務所に居住し鴨島町役場より未帰還者留守宅渡金月約二百二十円の交付を受けて生計を維持し、住民税の賦課は受けていない。又、臨時財産調査令にもとずき提出された竹原の臨時財産申告によると、その財産は二万円にも足らない。右の如き生活状況並びに収入財産状態において昭和二十三年当時十三万という巨額の現金を所持又は借入れ得る資力があり、且つ、これを山林買入に投資したとは到底考えられないし、出資金の出所については暖味であり、誰も、当時として相当目額の金員を五ケ年間も無利子で貸す筈はない。又竹原な山林経営に関しては何ら知識もなく、その取引内容にも無関心である。

(三)  総所得金額

事業所得十三万七千八百円、山林所得百八十五万円合計百九十八万七千八百円が、原告の昭和二十六年分総所得金額である。

(立証省賂)

理由

原告が、農業及び砂糖精製業を営み、昭和二十六年所得額を十三万七千八百円と確定申告したところ、被告は、原告の確定申告をしなかつた、本件山林を多田市郎に売却したことにより得た山林譲渡所得百八十五万円を認定し、右事業所得申告額と山林譲渡所得の合計が総所得であるとして昭和二十八年四月三十日付で、所得額百九十八万七千八百円、税額八十六万千五百六十円と更正し、原告は同年五月五日頃右通知に接したこと、原告は被告に対し、法定期間内である同年六月七日再調査請求をなし、被告は右請求を受けた日より三ケ月以内に裁決しなかつたので、右再調査請求は所得税法第四十九条第四項第二号により同年九月七日から高松国税局長に対する審査請求とみなされ、高松国税局長は被告更正決定を妥当として、原告の請求を棄却する決定をなし、原告は昭和二十九年三月二十二日右決定通知書を受取つたこと、は当時者間に争がない。

(一)  事業所得

原告は、更正決定に対する再調査請求、審査請求の際、事業所得損失として砂糖貸倒金の存在を主張しなかつた点及び所得税法第二十七条第六項の確定申告に対する損失額更正請求手続を経由しないで、本訴で確定申告より過少の損失額として砂糖貸倒金の存在を主張する点において、この部兄につき行政上の救済手続を経ていないから、砂糖貸倒金の主張することは不適法であ力、本訴でこれを争うことができない、との被告主張につき判断する。

更正決定が事実誤認に基くことを主張する再調査請求、審査請求の場合、その請求の基礎となつた事実は、課税対象とされた総所得額認定の過誤という事実であり、所得を生ずる種類が二以上あるときは、総所得額を推算するに至つたすべての種類別所得額認定の過誤を含むものと解すべきである。従つて、行政庁が更正決定をするに至つた理由が、被課税者が確定申告しない種類の所得の存在を認定したことにあつたとしても、行政庁は、更正決定をなすに至つた所得の存否数額については勿論、その他の、確定申告せられている種類の所得額についても、その確定申告額にとらわれることなく、所得額を、再び収入、経費、損失等推算上必要なすべての点につき検討して推算し得られた総所得額が更正決定額より過大又は過少とならないかを再考の上、請求の可否を裁決すべきものである。よつて本件において、前示争いのない事実に徴すれば、たとえ、原告が更正決定に対する再調査請求、審査請求の際砂糖貸倒金の存在を主張せず、また所得税法第二十七条所定の確定申告に対する損失額更正請求手続を経由しないでも、更正決定に対する再調査請求、審査請求によつて、砂糖貸倒金の存否を含むすべての所得額認定の過誤につき行政庁の救済手続を経由しているものということができ、この点の原告主張は適法であり、本訴で争い得るものである。

従つて、また、確定申告額は原告自らは争い得ないとの被告主張も理由がない。

原告が、昭和二十六年四月二十五日沢秀孝に対し、白下糖一万千三百斤余を代金七十七万九千八十円で売却したところ、同人はその代金を何ら支払わないうちに、同年十月十四日右砂糖を売買名下に詐取したとして詐欺罪で起訴せられたこと、同人が起訴せられた当時同人はミシン販売業を営み、弁済資力を有したので、起訴せられても弁済を受け得られるものと考え、右契約も取消さなかつたところ、同人が昭和二十七年三月頃保釈中に逃亡し、爾後所在不明となつたので、債権の取立不能となり、その頃これを放棄するの止むなきに至つたものであることは原告の自認するところである。所得額算定に当り控除し得る損失というためには、債務者の所在不明等損失を生ずべき事実が発生し、そのため、当該年度内に債権の取立が不能となり、又は債権を放棄したという事実が確定した場合でなければならないと解すべきところ、右事実によれば沢秀孝が所在不明となり砂糖売買代金債権七十七万八千九十円の取立が不能となつたのでこれを放棄したことが確定した時期は、昭和二十七年三月頃であることが明らかであるから、原告主張の如く砂糖貸倒金があるとしても、これを昭和二十六年分所得額算定上控除し得ないものである。従つて、この点に関する原告主張は他の点の判断をする迄もなく理由がない。

よつて原告の事業所得は、確定申告額の十三万七千八百円である。

(二)  山林所得

収入が、本件山林売却代金として二百二十万円存すること、及び必要経費のうち本件山林買入代金二十五万円、買入調査費用五千円、買入に要した訴訟費用二万円、買入手数料七千五百円、管理報酬一万円を要したことは、当事者間に争いがない。

売却手数料が四万四千円要したことは当事者間に争いないが、それを超えさらに二万二千円存在したとの原告主張はこれを認めるに足りる証拠はない。

右認定に反し、原告主張に沿う証人多田市郎の証言は乙第十六号証に照し、信用することができない。

雑費についてみると、一万二千円を要したことは当事者間に争いがないが、それを超えさらに千五百円存在することを認め得る証拠はない。

原告が竹原良子との間に、本件山林経営、転売に関し、組合契約若しくは匿名組合契約を締結している旨の原告主張は、これを認めることのできる証拠はないのみならず、成立に争いのない乙第二ないし十二号証、乙第十三号証の三、乙第十四号証及び証人大野正一、同八木亀次の各証言を綜合すれば、原告は、すべて単独で、本件山林の買入、管理、売却等一切の手続をなしていることが認められる。右認定に反し、原告主張に沿う甲第四号証及び証人竹原良子、同野木秀一の各証言は、乙第十四号証によれば、竹原が昭和二十一年当時申告した臨時財産申告額は約二万円であることが認められ、またその後、昭和二十三年六月迄に同人が、特に所有を生ずる如き事業等をしていたことが認められない点に鑑み、にわかに信用し難く、さらに、原告と竹原は父子の関係にあることは当事者間に争いなく、証人竹原良子の証言によつても原告主張の如き多額の利益を同人に分配したことは認められない点よりすれば、たとえ、原告と竹原との間に金員の授受があつたとしても、消費貸借契約を締結した趣旨にすぎないものというべきであり、他に右認定を左右することのできる証拠はない

従つて、原告の山林所得は、収入二百二十万円より必要経費三十四万八千五百円を差引いた百八十五万千五百円である

(三)  総所得

原告の昭和二十六年分総所得は、事業所得十三万七千八百円、山林所得百八十五万千五百円、合計百九十八万九千三百円であると推算し得る。

税務署長のなした推算方法による所得額の認定は、実際所得額より過大または過少の場合に違法となるものと解すべきところ、本件被告がなした更正決定所得額百九十八万七千八百円は、右認定額より過少とは言えないから、被告のなした更正決定は適法である。

よつて、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小川豪 宮崎福二 高木積夫)

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